アメリカと余白(マージン)と希望

この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない。
Atsushi Mandai 2024.06.03
誰でも
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先日、ニューヨークから帰任した友だちと会いました。やはりニューヨークは元気があるし、常に健全な競争原理が働いて新陳代謝があるし、ということでした。

そうした会話の中でも話したのですが、やはりアメリカにはまだまだ「余白(マージン)」があります。国土も広大だし、人口も増えているので、ニューヨークに行くと、いまだに工事や開発をどんどんして、ニューヨーク自体を拡張しています。また、社会全体が非常に資本主義的に運営されているので、採算の悪い商品などはすぐに消えます。そうすると、過剰な供給がないので、マージンがたっぷりとあり、そこに新しい供給を試みようとする人も増えます。

日本は、ある意味で非常に豊かです。何千年もかけて社会にストックしてきたものがたくさんあるし、奈良時代の大仏などの昔からのストックもたくさん残っています。また、資本主義的な社会運営が海外ほど強くはないので、多少採算の悪い商品でも市場に残っており、コンビニなんかに行くと、実に多様な商品が非常に安価で売られています。

つまり、消費者として考えると、日本にはこまごまとした多様な商品が社会に溢れており、ある意味で恵まれています。日本社会はこうした無駄を許せるほど、社会が豊かだったとも言えるかもしれません。(過去形で書いているのは、今後は高齢化が進む中で、必ずしも今の豊かさを維持できるとは限らないからです)

一方、供給者として考えると、市場は利益率の低い商品で飽和しており、そこに新しい供給を試みることは困難です。村上龍は、かつて「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」と書きましたが、それは「余白(マージン)」のなさに由来するのだと思います。希望とは、空白をどう埋めるかを想像することで生まれるからです。

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※ 本ニュースレターの内容は個人的な見解であり、何らかの組織の意見を代表するものではありません。

万代 惇史 / Atsushi Mandai
普段はマネックスグループで新規事業などを担当しています。ブレスト、ディスカッション、壁打ち、雑談、事業提携、何でもお気軽にお声がけください。

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